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広島高等裁判所岡山支部 昭和54年(ネ)33号 判決

主文

原判決中控訴人に関する部分を取り消す。

被控訴人の控訴人に対する請求及び当審引受参加人に対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人及び当審引受参加人(以下引受参加人という。)代理人は、主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。引受参加人は別紙目録三記載の建物部分から退去して別紙目録四記載の土地部分を明け渡せ。控訴費用は控訴人及び引受参加人の負担とする。」との判決を求めた。

被控訴代理人は、その請求の原因として

「一 被控訴人は別紙目録一記載の土地(以下、本件従前地という。)を所有していたところ、同土地は岡山市長を施行者とする岡山県南広域都市計画事業(以下、本件区画整理事業という。)の施行地区内に属し、昭和三七年一一月一九日同土地に対し第二工区三六ブロツク一二・七九平方メートルが仮換地(以下本件仮換地という。)として指定され、被控訴人は本件仮換地について仮換地指定処分に基づく使用収益権を有している。

二 控訴人は何らの権原のないことを知りながら昭和四六年八月以降本件仮換地上に別紙目録二記載の建物(以下本件建物という。)を所有して本件仮換地を占有し、被控訴人に対しその使用収益権を侵害することによつて一か月賃料相当額の損害を与えている。

三 引受参加人は本件建物のうち別紙目録三記載の建物部分を占有し、これにより本件仮換地のうち別紙目録四記載の土地部分を占有している。

四 本件仮換地の賃料相当額は、昭和四六年が一カ月金七、〇〇〇円、昭和四七年が一カ月金七、五〇〇円、昭和四八年以降が一カ月金一万二、〇〇〇円である。

五 よつて、被控訴人は本件仮換地の使用収益権に基づいて、控訴人に対し本件建物を収去の上本件仮換地を明け渡し、かつ昭和四六年八月より昭和四九年七月までの賃料相当損害金三五万三、〇〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である同年八月二八日より支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うこと並びに同月一日より明渡しずみまで一カ月金一万二、〇〇〇円の割合による賃料相当損害金を支払うことを求め、引受参加人に対し別紙目録三記載の建物部分から退去して別紙目録四記載の土地部分を明け渡すことを求める。」

と述べ、控訴人及び引受参加人の抗弁に対し

「 1及び3は否認する。被控訴人は楠田に対し本件従前地を臨時に無償で使用を許したにすぎず、後記旧建物は楠田が建築したものである。

2のうち楠田が控訴人に対し本件従前地を使用させたことは不知、その余の事実は否認する。もつとも被控訴人が昭和三〇年から昭和三六年まで控訴人の妻らから毎年年末に金一万円を受け取つていたことはあるが、これは被控訴人が楠田の使いの者が歳暮ないしお礼を持参したものと考えていたからである。その後被控訴人は土地使用者が楠田でないことに気づき、また都市計画も決定されたので、土地使用者に対し立退きを求めようと思い、昭和三七年一二月から右金員を預り金として受け取るに至つた。したがつて控訴人が本件従前地について賃借権ないし転借権を有している事実はない。

4のうち引受参加人が控訴人から別紙目録三記載の建物部分を賃借したことは認める。」と述べ、再抗弁として「仮に控訴人が本件従前地についてその主張のような賃借権を有しているとしても、同人は岡山市長に対して未登記である同賃借権の申告をせず、したがつて仮に賃借権の目的となるべき宅地の指定も受けていないから、本件仮換地を使用収益することができない。そして控訴人が本件仮換地につき使用権原を有していない以上、引受参加人も別紙目録四記載の土地部分を正当に占有することができない。」と述べ、控訴人の主張に対し「岡山市長が本件建物を移築したことは認めるが、それによつて控訴人主張のような効果を生ずることは争う。」と述べ、控訴人及び引受参加人の再々抗弁に対し

「 1は否認する。被控訴人は岡山市長に対し後記旧建物を本件仮換地に移築することに反対し、控訴人に対しても岡山市の担当者を通じて立退きを要求した。岡山市でも被控訴人の意を受けて控訴人に対し替地のあつせんをして移転を再三交渉したが、控訴人はかたくなにこれを拒否した。施行者としては道路に大きく突き出した後記旧建物を放置することができず、法に従つて強制的に移築したのである。

2も否認する。控訴人は本件従前地を使用するに至つた時から被控訴人との関係が不自然であることに気づいていた。賃料の交渉その他地主との間で通常行なわれるやりとりも皆無であつて、控訴人は被控訴人方に姿を見せたことがなく、使いの者をよこすなど、少なくとも正常な賃貸借でないことを十分認識していた。

3は知らない。4は否認する。」と述べた。

控訴人及び引受参加人代理人は、請求原因事実に対する答弁として

「一 請求原因一ないし三の事実のうち控訴人が本件仮換地について使用権原を有しないという点は否認し、その余の事実はいずれも認める。

二 同四の主張は争う。」

と述べ、抗弁として

「1 控訴人は楠田甚蔵及び深井某と共同して昭和二〇年一二月被控訴人から本件従前地を普通建物所有の目的で賃料年額五〇〇円年末一時払いという約定で、期間の定めなく賃借した。そして控訴人は本件従前地に木造瓦葺二階建店舗一棟床面積一、二階とも四・一二坪(以下旧建物という。)を建築して飲食店を営むに至つたが、昭和二三年頃開店に際し資金の一部を出捐した右楠田及び深井が飲食店の共同経営から手を引くと申し入れたので、それ以後は控訴人一人が本件従前地の賃借人となり、被控訴人もこれを承諾した。

2 仮に右共同賃貸借契約が認められず、当初楠田が単独で本件従前地を賃借したものであるとしても、控訴人は昭和二三年頃楠田から右賃借権の譲渡を受け、あるいは転借をし、被控訴人はこれを承諾した。仮に右承諾が認められないとしても、被控訴人は遅くとも昭和三〇年一二月末頃までにこれを承諾した。仮に明示の承諾が認められないとしても、被控訴人は本件従前地の近くに居住しているところ、控訴人が単独で旧建物において飲食店を経営していることを知りながら、これに対して何らの異議を述べず、また賃料も控訴人の妻から異議なく受け取つていたのであるから、楠田からの賃借権の譲渡ないし転借について黙示の承諾をしていたものというべきである。

3 このように控訴人は本件従前地について賃借権ないし転借権を有しているのであるから、本件仮換地についても使用権原を有するものである。

4 引受参加人は控訴人から本件建物のうち別紙目録三記載の建物部分を賃借したものであるが、控訴人が本件建物の敷地である本件仮換地について使用権原を有する以上、引受参加人は同目録三の建物部分の敷地である別紙目録四記載の土地部分につき占有権原を有している。」と述べ、被控訴人の再抗弁に対し「控訴人が本件区画整理事業の施行者たる岡山市長から土地区画整理法九八条一項にいう仮に賃借権の目的となるべき宅地の指定を受けていないことは認める。しかしながら、岡山市長は控訴人に対し転廃業補償金等の名目で合計金一〇一万九、七七二円の補償金を支払つた上、昭和四六年七月下旬から同年一〇月下旬までの間に旧建物を取り壊して本件仮換地上に本件建物を移築し、控訴人に対し本件建物の移転工事完了通知を発するとともに、本件建物については施行者の管理を離れたことによつて従前どおりの使用を開始することができる旨の使用許可の通知も発した。したがつて、控訴人は岡山市長から仮に賃借権の目的となるべき宅地の指定を受けていなくとも、本件仮換地を同指定があつた場合と同様に使用収益しうるものというべきである。」と述べ、

再々抗弁として

「 仮に右主張が認められないとしても、次の1ないし4にのべるところからすれば、被控訴人の控訴人に対する本件請求は権利の濫用である。

1 被控訴人は、控訴人が本件従前地について賃借権を有していないのであれば、岡山市長が本件仮換地上に本件建物を移築する前に、同市長に対し移築を行なわないよう申し立てるべきであり、また控訴人を相手方として建築工事中止の仮処分申請をするなどの法的手続をとるべきであつた。然るに被控訴人はこれらの手段に訴えることなく、拱手傍観していながら、移築工事完了後三年も経過した後に本件請求に及んだのである。

2 しかも、控訴人が本件従前地を正当に賃借し、または転借していると信じたについては、被控訴人が昭和二三年頃から昭和四四年までの丸二一年間も控訴人が賃料として持参した金員を受け取り、特に昭和三〇年以降は控訴人の判取帳に領収の署名捺印までしたということに原因がある。したがつて、被控訴人には控訴人が賃借権または転借権を有すると信じたについて、重大な過失があるというべきである。

3 控訴人は高齢である上、右足関節炎に罹つて通院中であり、その妻八重野も身体障害者福祉法別表第五(第一級)に該当する重い腎炎を患い、昭和五二年一〇月より入院加療中である。また、娘作江は老父母の看病と育児に忙しくて満足に働けず、同月六日から生活保護を受ける身となり、その扶助金と引受参加人からの家賃収入とによつて辛うじて最低生活を送つている状態にある。

4 これに反し、被控訴人は本件仮換地のすぐ近くに一〇〇坪余りの広い土地を有し、ゼニヤス商店という屋号で大きな婦人服店を経営しており、年間一、〇〇〇万円を下らない収益を得ているものと推察され、わずか四坪に満たない本件仮換地を使用しなければならない必要性は全くない。」と述べた。

証拠関係は次に付加する外、原判決の事実摘示中「第三証拠」に記載してあるところと同一であるから、これを引用する。

被控訴代理人は甲第八乃至第一一号証を提出し、当審における被控訴人本人尋問の結果を援用し、後記乙号各証の成立はいずれも認める、と述べ、

控訴代理人は乙第二二号証、第二三号証の一、二、第二四、二五号証を提出し、当審証人安井作江の証言を援用し、前記甲号各証の成立はいずれも認める、と述べた。

理由

一  請求原因一ないし三の事実のうち控訴人が本件仮換地について使用権原を有しないとの点を除き、その余はいずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、まず控訴人が本件従前地に対して賃借権を有するか否かについて検討する。

いずれも被控訴人作成部分につき成立に争いのない乙第一号証の二、五、七、八、一〇、一三、一七、二二、二五、二六、いずれも成立に争いのない乙第二号証の一乃至四、第八号証、第一一号証、第二五号証、証人楠田甚蔵(但し、後記信用しない部分を除く。)、同安井八重野(但し、後記信用しない部分を除く。)、同安井作江(原審及び当審)の各証言、被控訴人(原審及び当審)並びに控訴人各本人尋問の結果(但し、いずれも後記信用しない部分を除く。)によると、次の事実、即ち楠田甚蔵は昭和二一年頃深井某及び控訴人と相談の上、寿司屋の経験を有する控訴人に出資して同人に飲食店を経営させ、これにより利益を得ようと計画し、戦前より懇意であつた被控訴人に一応の話しをして同人から本件従前地を借り受けたこと、そこで控訴人は空襲のため焼野原となつていた本件従前地を整地してそこにみずからの資金により旧建物を建築し、同年五月五日より麺類の販売を主体にした飲食店を妻とともに経営するに至つたこと、控訴人は開店に当たつて各金三、〇〇〇円の出資を受けた楠田及び深井に対し、当初は利益配当として一回につき各金三、〇〇〇円を四回位い交付することができたが、余り儲けもなかつたので開店後約一年を経過した頃、楠田及び深井は飲食店の出資者たる地位から手を引くことになつたこと、本件従前地については控訴人は当初楠田に対し年額五〇〇円を支払い、同人は被控訴人に対しなにがしかの礼をしていたが、楠田が手を引いた後はこれを直接被控訴人に支払うようになり、被控訴人は旧建物から約二〇メートル南方のところで衣料品店を営んでいたが、控訴人が本件従前地を使用して飲食店を営むことに対して異議を述べたことはなかつたこと、右金額は昭和三〇年頃より楠田の示唆もあつて年額一万円に増額され、控訴人はこれをほぼ毎年年末に被控訴人のもとに持参し、同人も昭和三六年一二月三一日までは異議なくこれを受領していたが、昭和三七年から預り金という留保付きで受領するようになり、昭和四五年以降は受領を拒絶するに至つたこと、そのため控訴人は以後毎年一万円を賃料として弁済供託するに至つていること、以上の事実が認められ、証人楠田甚蔵、同安井八重野の各証言及び被控訴人(原審及び当審)並びに控訴人各本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は、前掲各証拠と対比して信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実によると、被控訴人が当初楠田に対し本件従前地を建物所有の目的で使用することを許したことは明らかであるところ、楠田は控訴人経営の飲食店の出資者たる地位を深井と共に退いたことによつて本件従前地の使用権を控訴人に譲渡したものと認めることができ、被控訴人と楠田との間に同使用権を賃貸借とする合意が存したかは必ずしも明確でないが、少なくとも被控訴人は控訴人に対し、同人から昭和三〇年以降毎年一万円を受領することによつて本件従前地を建物所有の目的で賃貸することを暗黙のうちに承諾したものと解するのが相当である。

被控訴人は控訴人との間に賃貸借が成立していない理由として(イ)一万円を持参したのは楠田の使いの者であると思つていた、(ロ)一万円は歳暮ないしお礼と思つていた、(ハ)昭和三七年からは預り金として受領していたにすぎない、と主張する。然し前認定のように被控訴人の衣料品店と控訴人の飲食店はわずか二〇メートルぐらいしか離れていなかつたのであるから、昭和三〇年から同三六年まで七年間も一万円の持参者が楠田の使いの者であると考えていたというのは些か不自然というべきであるし、当時の物価から見て一万円という金額は歳暮ないしお礼というには社会通念上高額にすぎる(一万円を本件従前地の坪数四・五坪で除すると一か月坪一八五円に当る。)といわなければならない。

また冒頭認定のように本件区画整理事業が昭和三七年に施行されたことからすると、被控訴人が昭和三七年一二月三一日の受領分から預り金という留保をつけたのも区画整理を機会に控訴人から土地の明渡しを得るためであつたと推認されるので、右留保が付されたからといつて一万円の有する賃料としての性格を否定するのは妥当でないというべきである。

したがつて、控訴人は本件従前地に対し建物所有を目的とする賃借権を有しているということができ、前認定のような賃貸借成立の経緯からすれば、建物は普通建物であり、期間の定めはなかつたものと認めるのが相当である。

三  次に被控訴人の抗弁について判断する。

冒頭に認定したように、本件従前地は岡山市長を施行者とする本件区画整理事業の施行地区内に属し、昭和三七年一一月一九日本件従前地に対する仮換地として本件仮換地が指定されたのであり、控訴人が施行者たる岡山市長から仮に賃借権の目的となるべき宅地の指定を受けていないことは、当事者間に争いがない。そうすると、控訴人は、たとい本件従前地について賃借権を有していても、本件仮換地に対し使用収益権を有すると主張することができないというほかない。

控訴人は、岡山市長が控訴人に対し転廃業補償金等の名目で合計金一〇一万九、七七二円の補償金を支払つた上、旧建物を取り壊して本件仮換地上に本件建物を移築し、控訴人に対し本件建物の移転工事完了通知を発するとともに、本件建物の使用許可通知も発したことによつて、岡山市長から仮に賃借権の目的となるべき宅地の指定を受けていなくとも本件仮換地を使用収益しうると主張し、右の事実は成立に争いのない乙第三ないし第七号証により認められる(建物の移築の点は争いがない。)が、右の事実が仮に賃借権の目的となるべき宅地の指定に代る効果を有するものということはできないから、同主張は採用することができない。

四  最後に権利濫用の再々抗弁について判断する。

1  本件において、控訴人は本件従前地全部について賃借権を有しているのであるから、本件区画整理事業が終局を迎え、本件従前地について土地区画整理法による換地処分がなされた場合、本件従前地に存した控訴人の賃借権は、たとい未申告であつても、本件従前地と法律上同視される換地上にそのまま移行して存続すると解すべきことは最高裁判所昭和五二年一月二〇日の判例の示すところである。そして前示のとおり、本件仮換地指定処分がなされたのは昭和三七年一一月一九日であり、その後すでに一七年余りを経過していることからすれば、換地処分までそれ程日時を要するものとは思われず、同処分があれば控訴人は本件従前地に対する賃借権をもつて被控訴人に対抗できることになるのである。

2  いずれも成立に争いのない乙第一九乃至第二二号証、第二三号証の一、二、第二四号証、当審証人安井作江の証言及び記録によると、控訴人は施行者より賃借権の申告をするようにという指導を受けなかつたため、土地区画整理法に従つた賃借権の申告をしていなかつたが、原審における口頭弁論の終結間際である昭和五四年一月八日、弁護士宇山謙一を代理人として施行者たる岡山市長に対し借地権申告書を提出したところ、同市長は賃借権の存否が裁判所において当事者間で争われている場合、市が賃借権の存在を認めることは行政権の行使として行過になる等の理由によりその受理を拒んだため、控訴人は同年二月八日一旦右申告を取り下げたこと、しかし控訴人は本件従前地に対する同人の賃借権を認めた原判決等を添えて、同年一一月二一日再び同弁護士を代理人として岡山市長に対し借地権申告書を提出したが、賃借権を証する書類としての原判決が未だ確定していない等の理由により、その受理が留保されたこと、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

3  いずれも成立に争いのない乙第一四号証、第一五号証の一乃至三、第一六号証、証人安井八重野、同安井作江(原審及び当審)の各証言並びに控訴人本人尋問の結果によると、控訴人は高齢(明治三一年九月三〇日生)であつて、病弱なためよく寝込み、その妻八重野(明治四三年一月三日生)は慢性腎炎に罹患している上、心臓も悪く、昭和五二年一〇月より入院していて週二回人工透析を受けなければならない状態にあり、身体障害者福祉法別表第五に該当する身体障害者と認定されていること、また控訴人・八重野間の一人娘である作江は離婚したため、両親の外に小学四年生の子供を抱え、控訴人肩書住所地の借家で一家の中心となつて生活しているが、両親の世話や看病のため働きに出ることができず、以前本件建物の西半分で開業していたたこ焼屋も閉鎖してしまい、現在は生活保護による扶助金一か月約六万四〇〇〇円と別紙目録三記載の建物部分を賃借している引受参加人からの賃料一か月三万五〇〇〇円とにより辛うじて生計を維持していること、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

4  以上検討してきた諸点からすると、被控訴人はいずれ換地処分があれば控訴人が本件従前地に対して有していた賃借権を以て対抗されざるを得ない立場にあり、しかもその換地処分までそれ程日時を要するものとは思われない上に、控訴人は借地権申告書を提出しており、また、本件建物は控訴人一家の生活を支えるのに欠くことのできないものなのであるから、賃借権の目的と仮になるべき宅地の指定がないからといつて、控訴人に対し本件建物を収去の上本件仮換地の明渡しをするよう求めることは、権利の濫用として許されないものといわなければならない(控訴人に対し本件従前地について賃借権のあることの確定判決を得てから土地区画整理法八五条の申告をするよう求めることは余りに迂遠な手段を強いるものというべきであろう。)。

なお、当審における被控訴本人の供述によれば、岡山市は控訴人に対し替地をあつせんして移転を交渉したが、控訴人はこれを拒否したことが認められる。しかし、同供述によつても、あつせんされた土地は田舎なのであるから、岡山市でも有数の繁華街にある本件従前地(弁論の全趣旨による。)で商売をしてきた控訴人が右替地への移転を承諾しなかつたからといつて、これを責めるのは酷にすぎるといわねばならない。

五  引受参加人が控訴人から本件建物の一部である別紙目録三記載の建物部分を賃借したことは当事者間に争いがないところ、前示のとおり、被控訴人の控訴人に対する同建物収去本件仮換地明渡しの請求が権利の濫用として許されない以上、引受参加人に対し前記建物部分から退去して別紙目録四記載の土地部分の明渡しを求めることも許されないと解するのが相当である。

六  以上の次第で被控訴人の控訴人及び引受参加人に対する請求はいずれも理由がないから、原判決中控訴人に対する請求を認めた部分を取り消した上、被控訴人の控訴人及び引受参加人に対する請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条前段、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

目録一

岡山市栄町四五番

一、宅地 一二・四九平方メートル

目録二

岡山市栄町四四番地

家屋番号六一番二

一、木造亜鉛メツキ鋼板葺二階建店舗一棟

床面積 一階 八・一三平方メートル

二階 八・一三平方メートル

目録三

目録二記載の建物の内、一階の西側約四・三三平方メートル(本見取図の斜線部分)

〈省略〉

目録四

本件仮換地の内、西側約八・八三平方メートル(本見取図の斜線部分)

〈省略〉

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